『キスより甘くて深いもの』レビュー


要素要素は珍しくないはずなのに何故かユニーク。
すっきりしない物語をすっきり纏めているからかもしれない。




ゲーム制作者にコメントをいただいたのが縁でゲームをプレイする経験を持つとは夢にも思っていませんでした。
しかしまあ普段の心持ちでレビューを書きますん。

『キスより甘くて深いもの』はサークル此花より同人で発表された同名の作にCGの統一やフルボイス化などを施して装いを新たに発売された商業作品。基本的内容は同人のままとは言え、結構量があるシナリオを(男女ともに)完全フルボイスでミドルプライスというのは良い感じ。
同サークルによる前作『朝の光が待てなくて』は普通に評判良いみたいだが『キスより甘くて深いもの』はあまり感想が出回ってなくて、さてどうかと思っていたがやりがいある作品でした。以下詳しく。


本作のシナリオについてはこちらの感想(ネタバレ)が端的。
何とも語りづらいシナリオであった。というよりシナリオの主眼は物語ではなくキャラクターを描くことだったのかもしれない。キャラクターはみんな性的倫理観がどこか歪な感じ。だがそこに垣間見えるリアル。ヒロインたちの行動はよくある抜きゲと似ているのに心理展開とキャラ描写にどこか笑えない現実味を感じさせる。
そして動く物語。……体裁としては家族ものなんだが、こう、極言してしまうと「何も解決していないっ……!」。
物語は家族に回帰するように見せかけて、エンディングは良い話風にこざっぱりまとめてくる。しかし、キャラクターの精神的な面には成長も何もない。状況が落ち着いたという以上の物語はなく、きれいにまとめているのに腑に落ちないという読後感へとつながっている。
そして!多視点!
本作では姉・妹・兄の3人のキャラクターの異なる視点から物語が描かれているのだが、これがもやもやしたプレイ感に拍車を掛けている。
たいがい異なるキャラの視点から物語が描かれるとキャラクターやシナリオの抱える問題は解決されるもんだが、本作は違う、解決されない。キャラクター同士の心が全然噛み合っていない。決してシナリオがいい加減というわけではない。キャラの心情や展開が丁寧に描かれて、そして噛み合わないのだ。
異なる視点から読めば読むほど拡散していくキャラクター同士の心情と展開。見かけ上のテーマは家族っぽいのにエンディングを迎えてもなお首肯しがたい家族っぽさ。


こういった噛み合わなさに音楽も一役買っている。
クラシック音楽が数曲とクリスマスソングがBGMとして用いられているが、あらためて既存曲の引用が持つ力を感じさせられた。
笑顔で展開される深刻なシナリオに合わせて流れるシューベルトの軍隊行進曲、深刻な顔で語られるありふれた愁嘆場にベートーヴェンの悲愴や月光、そして流れるウィー・ウィッシュ・ア・メリークリスマス!確固たる雰囲気を持った既存曲をシナリオに合わせることで、シナリオの雰囲気を強引に決定づけている。それが前述のもやもや・腑に落ちなさ・首肯しがたさを増長させている。
クラシックBGMの中でもバッハのインベンション15番が使われていたのは特に混乱させられた。サティのジムノペディなんかはどんな文脈どんな作品でも用いられるが、バッハのインベンションはその対極にあるような曲だ。ピアノの練習曲というシチュエーションのみで広く用いられている。そんな曲をエロゲのBGMとして聴くという状況に戸惑わされ、曲が流れるたびに「これはエロゲだ」と受け入れきれないようなプレイ感がありました。。まあ普通に考えれば教条主義的な母親を表すのにインベンションを使ったのかなとなりますが。


声は好演。兄の演技がやや濃すぎるように感じたが他はどれも良く、妹や父親は特に良かった。
男性もフルボイスだったというのはシナリオの雰囲気作りに効果的に働いていたように思う。


音楽はクラシック音楽が多くオリジナルは少なめ。演奏という観点からは特に。エンディングの歌は選曲的に前代未聞ではある。



いかにも子供らしいわがままっぷりを見せる妹の描写が良い




・まとめ
プレイヤーに困惑を強いるトータルコーディネイトであるため評価されづらい面もあるが、独特で丁寧なキャラクター描写が読ませる一作。
ストーリーにある程度の明快さを求めるなら前作である『朝の光が待てなくて』の方を薦めるが、キャラクターや世界観などは本作の方がよくまとまっている。どちらもユニークな作品。




なお本作はアクチベーションがありますが、公式サイトで認証不要ファイルが公開されています。


http://www.cyon.jp/product/kiss.html


http://www.1999.co.jp/10073831/1