収穫の十二月 或いは歌と伴奏と打ち込み

「収穫の十二月 冬 春 夏 秋 収斂の十二月」


true tearsのキャラクター原案をやった上田夢人が絵を書いていることで有名になった、んじゃないかと思われるtalestuneによる同人ゲーム「収穫の十二月」シリーズ全5作

B+

膨大な作品というの印象が強い。
キャラクターもシナリオも。

シナリオはいい。
文章は特に問題ない。
特に良いのが話の展開の仕方で、物語が時たま見せる予測のつかない、予断を許さない展開が中々だった。
そしてそういう突飛さだけでなく、正統派の物語においても読ませるものだった。
だからからこそ全13話という長さまで退屈にならない話を書けたと思う。

音楽はまあ頑張ってはいる。
メインテーマは特段優れてはいないが聞いて覚えるくらいにはキャッチー。
その他の音楽は邪魔しない出来。


このゲームを終えた感触はああ良かったなという程度。
言うまでも無くいい絵やシナリオの出来を思えばもっと強い印象を受けてもいいはず。
良いゲームなのにその印象が弱いのは残念だ。
思い当たる原因は2つ。

まずシナリオ。
前述のように膨大なのだが、おそらくそこに残念が。
膨大なこと自体は悪くないはずだが、終わって見るとそれぞれに面白かった物語の色々な側面に印象が散ってしまっている。
散りばめた物語を最後に一つに掬いあげようというのは見て取れるが、その力がちょっと弱かったのかと考える。

そして歌。
何曲も異なるEDの歌をつくっていてその姿勢はいいものだろうが、その効果は良くない、というかきっと悪い。
何曲もの歌は悉く上手いとは言えなく、余韻とか締めとかいうものをぶっ飛ばす。
DTM系というのか、ゲーム音楽の人がつくる歌はどれをとっても出来の悪いのが多い。
DTMと同じような曲作りで歌を作っているのが原因と思われる。
大抵は出来が悪い(例:Fateのメインテーマ)が、稀にDTMと歌が上手くかみ合ったり(Kanonの風の辿りつく場所)、歌手が頑張ったり(最果てのイマのメインテーマとかリトバスのOP)、打ち込みが上手く誤魔化したり(メグメル)する。
この収穫の十二月の場合は、まず歌手と曲をもう少し何とかしたいがそれを言うと全否定になる。
好意的に見ればこの歌手は歌いにくい上に盛り上がりに欠ける(転調するだけじゃなくてもう少し何とか……)曲を頑張って歌っている。
足りなかったのは編曲。
もっと色々音を重ねて歌をごまかしてあげるべきだった。
Ritaが日記で、インガノックのED歌について「なんとピアノ一本にボーカルというある意味すごく凄まじい曲です。すばらしいピアノ演奏です。ただボーカルは、演奏がシンプルになればなるほど真価を問われるので怖くて仕方ありません。」と書いているのを見て、声楽の歌曲が基本ピアノ伴奏のみだったり、声優の歌はそれはもう凄い打ち込みの音の重ねっぷりだったりすることを思い、声楽についての認識を新たにするとともにRitaに対する思いを新たにしたが、そう、ボーカル丸裸は歌い手にとってとても厳しいことなのです。

技量の足りない歌い手を孤立無援にしたED、どうして物語を締めくくれようか。
メロディーに歌詞を付ければ歌になるわけじゃないということに、打ち込みの人は注意深くなってほしい。