伊藤計劃「ハーモニー」 感想


大ネタのインパクトは「虐殺器官」に劣るが、細部の世界観や展開の積み重ねは「虐殺器官」より良い。総じてぼちぼち。



本作は「虐殺器官」の後の世界を書いているみたい。メインテーマは倫理観の変容と自意識の変革かな?
ついつい「虐殺器官」と並べて評したくなるが、本作と「虐殺器官」で大体同じような感想を抱いた。世界観が映像的で面白い、一つひとつの展開は結構読ませる、大ネタの論理や説明が足りない、キャラクターの思想とか倫理観が前面に出ている、などなど。どうもやっぱりこの作者はSF的思考を書きたいんじゃなくて、キャラクターの思想の葛藤を書くためにSF的な変容した舞台設定を用いているだけに見える。


ただ、「虐殺器官」ではその大ネタはあまりにひどかった(語られるべき部分が全く語られておらず、あれじゃ言語学でもなんでもない、SFじゃなくて魔法と大差ない)が、本作のメインネタは幾分まし。論理展開じゃなくて勢いで押し切ってる印象はまだ強いが、それでも結構説明を積み重ねていくような展開があったのは良かった。また「虐殺器官」の大ネタはインパクトはあったがインパクトオンリーの一発ネタな印象だったが、本作のネタは説得力をやや欠くもののアイデアの方向性は読んでて面白かった。自意識を廃した人というのを何かしらもうちょっと上手く書けていれば。


虐殺器官」で定評があった細々としたSF要素、舞台設定は本作も普通に面白い。倫理観に色彩を合わせてくるのが映像的だった。。
あと本作は文章がちょっと変わっている。しかしこの文章を最初見た時は相当期待したものの、終わってみればどうというほどでもなかった。ただ、だから悪いというよりはむしろ可能性を感じる文章だった。つい最近「あたし状態遷移図」、あるいは「あたし約5.2MB」 - とある理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 - ファック文芸部の記事があったのも期待した理由かもしれない。円城塔もそうだけど、新世代のSFはきっと内容よりも文章構造がSFになるんだよ!


2007年度はSREのぶっちぎり一位、虐殺器官言語学じゃないやい、とか言ってたら巷の感想と思いっきり食い違ったので、本作の感想もそういう意味での自信はない。




以下ネタばれ妄言




・ミァハはあれですよ、「人類は衰退しました」の助手さんじゃないですか。本作、自意識の無い民族ってのは全然書けていなかった(もったいない)と思うが、翻って衰退の2巻は上手かったなあ。別に自意識がない状態ってのを直接書く必要はないんだろうな。このSF2008の1位になるように再々々々くらい祈願。


・医療分子が体内から精神を改変するってのが、「最果てのイマ」のミームで忍くん好き好きってのを思い出した。イマの方が数段上手く書いてたぜ、とか信者的に思ったが、意識変容のアイデア的にはハーモニーの方向性も悪くなかった。


・たったひとつの冴えたやり方、好き好き大好き超愛してる、オブザベースボール。他にもあるのか?あれは何だったんだ。読者サービス?


・レイプで自意識のくだりで、「空の境界」の無痛症の子を思い出したなあ。ハーモニーのほうはレイプだとちょっと語弊があるが。これは良かった。


・〈ハレルヤ〉のくだりは微妙。個人的には灰かぶり姫の憂鬱を思い出した。あれくらい〈ハレルヤ〉にインパクトがあればまた違った感想になったかも。


・脳関門突破の分子、出来ていないように見せかけて実は出来ていましたはとても微妙。ジェバンニが一晩でやってくれました的な微妙さ。


・首なしの山羊は良かった。ああでも書いていたら走るチキンを思い出したぜ。


・etmlという文章は可能性を感じたがなあ。読み始めは本作こそ言語SFになるのか!?とか期待した。もっとhtml読んでるのか何読んでるのわからないような文章でも楽しかったろうに。